色々思うこと。

こんにちは。最近は移転先の大工仕事や自社と家業の移転準備で追われてばかりの和紙アーティスト裕也です。

今回も日記のブログですが、いつかの日のために書き記します。なので、アクセサリーのご紹介は今日もありません。

作りたい和紙のアクセサリーはたくさんあるのに、今は何も作っていません。いや、作れません。

理由は、自分のしやすい仕事環境や集中する時間を保持するために、内部や外部の環境を整えることを優先しているからです。

ましてや、今度は家業の引き継ぎも加わります。家業も経営しつつ、生き方も考え方も正反対な父親と同じ建物内で仕事をすることになります。今はいかに最初に自分の仕事環境を整え、皆が楽しく過ごせるかが最も大切な事だと思っています。

これは確か小学校低学年の時に書いたイシえもんです。実家から出てきたのですが、何とも言えない表情が好きで窓辺に飾りました。上手い下手ではなく、楽しいか否か…それが人間一番大事だと思っているので、久々にこれを見た時、下手くそやけど面白いやんと思いとても嬉しかったです。

僕は自分が生み出したモノづくりの時は完全に自分の空間や世界に入り込みます。そして、実直に取り組みます。ソワソワした気持ちの時は作りません。というか作れません。真面目すぎるのかもしれませんけど、自分の好きなとこの一つです。

そんな僕がさらにいつも気をつけることがあります。

それは、自分の現在を内観しつつ真っ白な状態で手を動かすようにしていることです。何回も作ったことがあるモノを作る時にもそのようにしています。

丁寧に作るとか、いいものを作るとか僕はどうでもいい。ただ作り手も買い手もワクワクするものを作りたい。そのために僕は常に内観しています。

モノは何も語らないのですが、見る人には伝わる何かがあるとも思っています。何なんでしょうね、あれは。無いようで有り、有るようで無い。よくは分からないのですが、次の話に繋がるのではと思っています。

それは本で読んだ昔むかしの大昔のお話です。

中国の皇帝と偉いさんが2人きりで話している時のこと。出世欲に駆られた偉いさんは自分を取り立ててもらうために「誰も見ていません、これを受け取ってください」と皇帝に賄賂を渡そうとします。ですが、皇帝は「他の誰も見ていないと言うが、私とあなたが見ているではないか」と答えます。

この話を知り、物事は誰も見ていない時にしていることの積み重ねなんだなと思いました。誰も見ていなくとも自分はしっかり見ている、自分に嘘は付けないもんやな、と思いました。この考え方も自分を内観するに繋がっていると思います。

そんな人間です、僕は。

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